2015年9月22日火曜日

Xくんのお母さんの想い と 私の決意

療育コンサルティングの第一号クライアントさんである、
Xくんのお母様が今の心境を書いてくださいました。
飾らず、今の想いを書いてくださっていると思います。
原文まま、載せてみたいと思います。
 
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私が今感じること。
息子の発達障害が確定して2ヶ月。
ショックと不安で毎日泣く日々。
それが、一日おきになり、3日に1度になり今は1週間に一度位涙が出るかな。
でもそれは悲しい涙の時もあるけれど嬉しい涙の時も出てきました。

私が今感じることは、タカマミー先生と出逢うまで、
我が子との関わり方がわからなかった。
その一言に尽きるのではないだろうか。

普通が全く通らない。
でも普通だと思って接しているから上手く行かない。
お喋りできないのは、今は言葉をため込んでる時期。
おもちゃで遊べないのも、興味の幅が狭いことも、そのうち出来るようになる。
ウロウロするのも、突っ走ることもいつか治まると思っていた。と言うか思うようにしていた。
でも、それを出来ないのが発達障害。
私自身の発想を切り替え、もっと発達障害について知らなければならない必要がある。

タカマミー先生に毎週来て頂いて、息子の遊び方を見て頂いてアドバイスを受ける。
1週間言われたアドバイスを守り毎日小さな遊びの課題をコツコツやる。
初めは課題の些細さに気が遠くなった。
でも、続けるとどんな課題も必ず反応するようになるし、出来るようになることも出てきた。

息子と一緒に遊び、息子が笑顔になる。
当たり前のことかもしれないけど、私にとっては今まで、それすら出来なかった。
だから、嬉しくて泣けてくる。
息子と人として通じ合える感覚・・・

色々な療育法があるけれど、人間力を強化していく療育法はあまりないのではないだろうか?
タカマミー先生の療育法はそこが他とは大きく違う点だと思う。

触ろうともしなかったクレヨンを持ち、点を描き、弱い筆圧でヒョロヒョロと線を描き、今はしっかりした筆圧でシャッシャッと画用紙の白色がわからなくなるくらい線を引けるようになってきた。
いつかは、一枚の絵を完成出来るようになればいいなと思う。
毎日毎日順調にと言う訳ではないけれど、やれば必ず前進する。やらなければ何も始まらない。

実は実際、まだ息子の障害を完全に受け入れられた訳ではない。
夜、眠れない日もある。
彼の現状を知ることは怖い。

でも、目を逸らしたりはしない。
彼と一緒に幸せになりたいから。

(Xくんのお母様の文章、原文そのまま)


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Xくんのお母様は、
まだちゃんとXくんの障害を受け入れるには至っていない、
そんな雰囲気が見て取れます。
感情にも波があるのだとも感じます。
最初お会いしたとき、
Xくんはこれならできる、
これは分かっている、
穏やかな性格だ、
聞き分けが良い、
と思いたい、そんな気持ちがひしひしと伝わってきました。
我が子の障害を受け入れるのに、時間はかかります。
でも、正しく我が子の状態を知り、
できていること、できていないこと、
わかっていること、わかっていないこと、
を受け入れるところから、
療育はスタートします。
それがとても辛い行程だからこそ、
他人に任せるというのが一般的だったのかもしれません。

しかし、Xくんのお母様は自分で頑張ってみたいと、言われました。
強いお母さんのように思えるでしょうが、決してそうではありません。
実際、私も強くなんてありませんでしたから。
ただ、Xくんと幸せになりたいという気持ちが強いのです。
また、それが許される家庭環境だったのです。
ただ、その条件が重なって、たまたま私との出会いがあっただけなのです。
 
だから、私もそんなお母様の心情に寄り添いながら、
でも淡々とやるべきことをしっかりと、伝え、評価し、軌道修正してまた伝える。
 
私はお父様お母様に
「大丈夫ですよ。」「そのうちなんとかなりますよ。」とは言いません。
将来を聞かれても
「それは誰にもわかりません。」としか言えません。
ただ、親御さんが着実に行動することで、
「なんとかなる」に近づくことはできる、と伝えます。
そして、「一緒に長い道のりを頑張りましょう」、と言います。

冷たいようですが、気休めの言葉なんてかけられないのです。
それぐらい、発達障害(自閉症)とは生きていくのに大変さを伴う障害だからです。
また、家族にも大変なストレスとプレッシャーを与える障害でもあるのです。
放っておいて治るなら、なんとかなるなら、療育なんて要らないのです。
 
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私も、未だに息子と居るとき、気が休まりません。
だからって、お留守番させておく知的能力もないし、
一人で外に出せるほどの判断力もないので、
誰にも見てもらえないときは、必然的に私が常に付き添います。
私は13年間、彼の側にずっといて、この先もずっと側にいる。
これからもずっとです。想像してみて下さい。

そして、祖父母に任せられるというレベルではなくなってきました。
私の指示と、それ以外の人の指示では、入り方も違うからです。
走れば、私でも追いつけません。
いろいろな意味で、高齢になってきた祖父母には預けられません。
しっかりとお任せできる学校や一部の福祉関係の方にしか、お任せできません。
それでも、外で何かしでかすかもしれない、
そんな不安に押しつぶされそうになりながら、
他人にお任せするのです。
 
そんな彼でも、就労に向けて、自立の練習をさせなければなりません。
そして、彼のこだわりや見通しのもちにくさと、いつもいつも戦っています。
 
・・・・・
 
もちろん、知的な能力の差や、発達障害の種類や、その子どものもつ気質により、
家族の負担はまちまちです。
でも、多かれ少なかれ、ストレスとプレッシャーと不安で押しつぶされそうになる、
そんな障害だと感じます。
 

それでも、「適切に関わられてきた幼児期・学童期を過ごした子ども」
「そうでない子ども」とでは、大きな差が出ると感じます。
 

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小学校の普通学級に在籍する発達障害児。
我が子に比べれば、知的な問題はないし、一人で出掛けさせられる。
一見、親御さんの負担は軽いように見えますが、
実は「普通」の枠に入れられてしまう、また「普通」に入らざるを得ない、
彼らの大変さも、また我が子とは違う大変さです。
年齢が大きくなればなるほど、大変さが伴います。
障害者の枠にも入らない、でも普通の枠にも入り辛い。
そんなジレンマ。
 
彼らも生き辛いでしょう。
親御さんも、そんな彼らを見ているのが辛いでしょう。
普通に高校に行って、いずれ就職して・・・
それが本当に可能なのかしら、と不安で不安で押しつぶされそうだと思います。
 
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そして、彼らになんとか救いの手を差し伸べられないか、
そうやって始めた小学校での特別支援教育としての個別授業。

考え方は間違っていなかった、と確信しました。
やるべきことのベースは結局は同じ。
ただ、活動の種類やレベルが違うだけなのだ。
そして、理解度や本人の好みに合わせて、
カスタマイズしてあげれば、
考え方は、一緒。

そんな確信のもと、
発達障害児に救いの手が差し伸べられるよう、
頑張っていこうと、また強く感じた。
 
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タカマミー




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